『民衆蜂起の理』
時代は明治17年(1884年)。
学校・道路に関わる重税をかけられ、高利貸しに元金以上の利息を支払っても
まだ足りず、役所・警察に掛け合っても相手にされず、賄賂を贈られている裁
判所からは「身代限り」(財産没収の強制執行)を通知される。
絹の価格が暴落した市況下、蚕を飼い絹を生産するしか生計を立てるすべがな
かった「百姓」たちが万策尽きたとき一縷の望みをかけその原因に向け蜂起す
る。
彼らには一点の曇りもない。一点の曇りもないとき民衆はときの政府とその権
力を笠に着る物たちに対し蜂起し覆す権利を持つ。
つくづく日本は民衆の犠牲の上に国づくりを行ってきたと思う。
惜しむらくはスクリーンで見たかった……とほほ。