『ほとんど関係のない論文集の合作集だが、文学の視点からの問題提起はおもしろい』
コーカサスに関する論文集だが、内容がてんでバラバラ。建築史の視点からアルメニアを分析するのはいいが、カフカースと謳っているのに、対象がロシアのカフカス進攻、その背景にあるロシア思想の文学的分析、グルジアとイランの関係、アルメニアの建築史と支離滅裂。アゼルバイジャンが出てこない。そもそもいくら科研費で当たった研究とはいえ、最低限の歴史と現代をあげた上でここの論文を論じるべきだと思う。価格も高過ぎる。本としての出版が困難であれば、pdfでウェブ上に公開すればいい。それでも研究業績になるのだから。
但し、唯一の救いは露西亜文学の視点からのカフカース論が取り上げられている事だろう。これは政治学や社会学など現代求められているカフカースの分析とは全く異なるが、露西亜とコーカサス諸国の関係を考える際に多少なりとも役立つ。無論、塩川氏のように露西亜のオリエンタリズムを実に部分的な偏狭な見方と揶揄する先生もいらっしゃるが、コーカサスに関する露西亜のオリエンタリズムは、ロシア人とコーカサス民族の関係性やニュース、新聞、あるいは両民族と直接話せば感じられる事で誇張する必要はないが、理解する必要はあるだろう。
文学の視点から「『コーカサスの虜』とは、誰が虜になっているということだろうか?コーカサスの野蛮な民族?それとも露西亜兵士?あるいは現代ロシア自身なのか?」という問題提起は非常におもしろい。この文学のところだけでも図書館で見てみるといい。あとは個別的におもしろいと思う所もあるが所詮は論文集なので、『カフカース』という題名に騙されないように。